職場が「安心安全の場」になるために
よい職場とはどのような職場でしょうか?
私たちは、「そこで働く一人一人の個性が十分に発揮され、安心・安全の場になっている」職場だと考えています。社員が精神的に満たされ、それが一時的でなく継続している、いわゆるウエルビーイングの状態となるためには、このような職場で働けることが大前提となるのです。
そのために会社は、できるだけ社員の個性が引き出すことができ、一人一人の創造性ややりたいことを可能な限り阻害しない仕組みづくりが重要になってきています。一方で、労働基準法をはじめ様々な法律は守る必要がありますし、組織としての機能を維持するために一定のルール、制度、ガイドラインなどを完全になくすことはできません。
人事制度は一度作ってしまえば終わりではありません。組織は生き物のように常に変化します。社員の個性と組織のルールという2つのバランスをみつつ、その時の組織の状態に応じて、社員の「安心安全の場」につながる人事制度へ常に変化させていくことが大切です。
「自律分散型組織」とは
これからの組織のあり方
人事制度を作るうえでは、
- その組織が今どのような状態にあるのか
- そこで働く社員の思いや価値観
- その組織がどこに向かおうとしているのか(組織の方向性・あり方)
という点をまず明確しなければなりません。
よく、「自社に合った人事制度を作りたい」という話を聞きます。それはすなわち、この3点をしっかりと把握したうえで、その組織の強みをもっとも活かすことができ、会社や社員が進んでいきたい方向性を加速させることができるしくみとしての人事制度をつくるということです。そのためには、現状組織のモニタリングは極めて重要になります。
組織のありかたは、今、劇的に変わってきています。近年、大きな話題になっている『ティール組織』(フレデリック・ラルー著 栄治出版)という本で、組織の発達段階について述べられていますが、日本の企業も当てはめて考えることができます。
昭和の高度経済成長の時代の日本の組織は、その多くが、アンバーからオレンジ的な組織でした。典型的なピラミッド型組織です。大量生産・大量消費を重視し、欧米をキャッチアップしようとする日本にとって、この組織のありかたは非常にうまく機能したといえます。
その後、バブルがはじけて平成に入り、IT企業などが多くではじめたころから、フラットでボトムアップを重視するグリーン企業が見られるようになってきました。しかし、組織が大きくなり時間が経過するなかで、グリーン組織がオレンジやアンバーになってしまうことも少なくなかったようです。
コロナ前の日本の企業は、いまだにオレンジ的要素が最も強く、それにアンバーやグリーンの要素が混じっているような組織構造が多かったのではないかと思われます。ただ、大量生産・大量消費を前提としたピラミッド型組織は、すでに時代の流れについていけなくなってきていることは、多くの経営者やそこで働く社員たちも気づきはじめています。「このままの組織ではいけない」という声は、もう何年も前から聞かれていたものでした。2020年の新型コロナの世界的パンデミックがトリガーとなり、一気に新しい働き方、新しい組織への変容を迫られる形となったのです。
このような状況の中で、多くの組織は、これまでのピラミッド型組織(オレンジ的な組織)から、自律分散型組織(ティール的な組織)への変容を目指すようになってきました。
グローバル化が進み、多様な価値観を認めあうことが当然のこととされています。テクノロジーの発展により、世界中のあらゆる情報を得られるようになり、個人も自由に発信できる時代になりました。この流れはさらに加速していくことでしょう。スピーディーに意思決定し、一人ひとりの個性が発揮されるような組織でなければ、組織は生き残っていけなくなっているのです。
自律分散型組織とは
生き残っていける組織の条件は、
- 緩やかに外部に開かれており、組織の中と外の壁がない
- 多様性が認めらている
- 一人一人が「安心安全」を感じながら、やりたいことができる風土がある
という3つに集約されるのです。そして、このような要素を備えた組織を私たちは「自律分散型組織」と呼んでいます。
自律分散型組織では、結果として次のようなことが起こっています。
-
組織として地域や社会から何を求められているかを常に感じながら活動し、地域貢献企業となっている。
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そこで働くメンバー一人ひとりが自律的な働き方ができており、それぞれの幸福を感じている。
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組織の内外で強いつながりと緩やかなつながりがバランスよくできており、組織としてしなやかな強さを維持しながら利益を上げている。
もちろん、いますぐすべての組織が「自律分散型組織」になることが良いわけではありません。まだまだ、ピラミッド型組織のほうが機能する会社もあるでしょうし、逆に無理に自律分散化することで、崩壊してしまうリスクも十分に考えられます。
ただ、先ほども述べたように、あきらかにかつての高度経済成長の時代から、日本も世界も変化してしまっているなかで、業界や地域も差こそあれ、多くの企業は、いずれ自律分散型の組織へと変容していかなければ、組織を維持できなくなるのではと思われます。それはそれほど遠い将来のことではないでしょう。そのような時代の流れがある以上、経営者は現状の組織の状態をしっかりと把握しつつも、中長期的には「自律分散組織」への変容を模索しなければならない時期にさしかかっているのです。
コミュニティ型社員の時代へ
組織の雇用形態の種類と今後
会社という組織は多くの社員が集まって成り立っています。よく言われることですが、組織の雇用形態は大きく分けると、海外の「ジョブ型雇用」と日本が長くとりいれてきた「メンバーシップ型雇用」に分類されます。
簡単にいえば、ジョブ型は「今ある仕事に人をつける」つまり、職務給的な考え方がベースです。それに対してメンバーシップ型は「人を成長させて、仕事をつけていく」ということをします。結果として、メンバーシップ型のほうが長期安定雇用となり、解雇などができにくい仕組みとなります。
企業側から見て、一般的に言われているそれぞれのメリットとデメリットは以下のとおりです。
このようにみると、「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」は、ほぼ対局にあることがわかります。それぞれに長所、短所があります。では、これからの時代、どちらの雇用形態が主流となってくるのでしょうか?
短期的な視点で見れば「ジョブ型雇用」でしょう。世界中の人がどこでも、いつでもつながり働けるようになると「その時必要な労働力」とのマッチングが進みます。あえて社内で労働力として抱えておく必要がなく、必要に応じて世界中から安くて優秀な労働力を探すことができるようになってきます。
また、社員のほうも長期雇用を前提に自分の人生をしばられるようなことは望まなくなっていくでしょう。すでに転勤を嫌う若者は数多くいます。このような時代に「メンバーシップ型雇用」を維持し続けることは、企業にとって大きなリスクになってしまいます。
さらに「ジョブ型雇用」は限りなく業務委託と区別がつきにくくなり「雇用」という概念すらなくなってしまう可能性すらあります。
では、企業はこれから「ジョブ型雇用」だけを推進していけばいいのでしょうか?そうとはいえません。「ジョブ型雇用」だけの会社は、
- 緩やかに外部に開かれており、組織の中と外の壁がない
- 多様性が認めらている
- 一人一人が「安心安全」を感じながら、やりたいことができる風土がある
という「自律分散型組織」になることはありえません。とくに3点目の定義に合致するためには、これまでの「メンバーシップ型」の良さを残していくことが大切です。ただし、これまでの「メンバーシップ型雇用」とは違った新たな時代に対応した「コミュニティ型雇用」とでもいうべき、新しい働き方を模索していく必要があります。
新たな雇用形態「コミュニティ型雇用」とは
コミュニティ型社員とは、長期雇用を前提として会社に入ります。長期の金銭的・生活的補償を前提として滅私奉公して働くというものではなく、会社の価値観や方向性に共感し、仲間と強いつながりを維持しながら働くという雇用形態です。
コミュニティ型雇用がメンバーシップ型雇用と一番違う点は、社員には自律した働き方が求められるという点です。逆に言えば、会社はそのような社員が活躍できる場をつくらなければなりません。
契約的に結びついた雇用でなく、お互いに限りなく自由で自律しながら「やりたいことが似ている。楽しく感じることが似ている。価値観が似ている。望んでいる未来が似ている」という点で結びついている雇用形態です。
企業は常に新しい仕事を生み出していかなければなりません。それは、今までは主に経営者の仕事だったと思います。
しかし、今の時代、少数の経営者だけで、常に新たな仕事を生み出していくというのは非常に難しいのです。より多くの「価値観や問題意識を共有したメンバー」とともに組織を運営していかなければ、会社は新たな課題解決のための商品、サービスを時代のスピードについていきながら生み出していくことはできないでしょう。
コミュニティ型社員は「忠実で言われたことを一生懸命やる」だけの社員ではなく、自律した考えをもちながらも、会社方針にコミットした行動がとれる社員です。そして、少なくとも自分が何で組織に貢献できるかを理解し、その能力を備えている社員です。
価値観を共有し、長期的な視点で一緒に動くことができるコミュニティ型雇用の社員が、これからの時代は会社のコアとなっていくのではないでしょうか。
「コミュニティ社員」は、その会社の新たな価値を共に生み出していくメンバーです。このメンバーは、単に労働の対価としての報酬でつながっているのではありません。「自分たちは何をすべきか」「自分たちは何ができるか」「自分たちは何をしたいか」という点で、共通の価値観、課題意識を持っており、一人ひとりが自律した考えと能力を備えている必要があります。
経営陣やコミュニティ社員たちの共通の課題意識の中から新たな事業が生まれ、やがて時間をかけて会社の利益を生み出していくようになるでしょう。
このような社員が軸となると「自律分散型組織」に近づいていくのです。
コミュニティ型を軸にしたキャリアコース
コミュニティ型を軸にしたキャリアコースとは
具体的な人事制度を構築する際にまず着手するのが、会社が考える社員のキャリアコースです。
柔軟な自律分散型組織においては、形になったキャリアコースなどないほうがいいのかもしれません。形として提示した瞬間にそれはルールになり、本当の意味での自律性を阻害し、社員を縛り付けてしまう危険性が出てきてしまうからです。
そうはいっても成長途中の多くの社員にとっては、具体的なキャリアイメージがあったほうが次の一歩を目指しやすくなるのも事実でしょう。何より、日本の多くの企業は、先ほど見たように組織としての発達段階において、自律分散型になっている会社はまだ極めて少ないのです。いわば、これからの10年は、多くの会社が自律分散型へと変容していくための「移行期」ということができるでしょう。
そのような段階においては、目に見える形で自律分散型へと続くキャリアコースを示すことは重要なことだと言えるでしょう。
コミュニティ型社員を軸とした、自律分散型組織の人事体系のひとつとして、以下のようなものがあります。
社員を「コミュニティ型」と「ジョブ型」に明確に分けます。ただし、エントリーメンバー(これは例えば30歳までといった一定の年齢の区切りがあったほうが現実的だと思われます)はどちらに進むべきか、働きながら考える期間が与えられます。
どの社員にも年齢に応じた基本給と家族構成に応じた家族手当は支給されます。これは今後国が行うようになれば必要ありませんが、最低限の生活を維持するためのベーシックインカムのようなイメージです。そのうえで、以下のような仕事の役割と報酬体系にします。
コミュニティ型社員
ジョブ型社員
会社の理念・方向性に共感していることが前提で、会社から求められる役割に対して「成果」で応える。基本的には時間的労働という概念はなく、いわいるアウトプット型の成果をだすことを最大のミッションとする。ただし、あまり高くないレベル(等級)など、完全な裁量を与えることができない場合は、実態に応じて労働時間を管理する。報酬は基本的には職務給。担当する仕事の市場価値に見合った固定給与+アルファ(歩合や周辺業務に応じて設定)とする。長期雇用を前提とするが、担当する役割に応じて、職務給部分は年度単位で変動する。
エントリーメンバー
若手社員で、仕事を覚える段階。固定給与+業績に応じた賞与とし、時間管理を行う。
上記を3つの区分、とくに「コミュニティ型社員」を軸に組織は考えていくことになります。将来的には社長や役員が会社のすべてを決めるのではなく、コミュニティ型社員も参加した全体会議のような話し合いの場が組織の最高決定機関となっていくかもしれません。コミュニティ型社員は、その最高決定機関で承認を得られればどのような事業にも取り組むことができます。ただし、常に「タイムリーな情報共有」と必要と思われる関係者への「報告と相談」は随時実施する義務が生じます。
それぞれの区分に「短時間勤務」や「在宅勤務」は存在します。(ただしコミュニティ型社員に関しては管理職のように労働時間の概念があまりない)このような組織が増えてくると、自社のジョブ型社員やフリーランサーが、他社のコミュニティ社員ということもでてくるでしょう。ジョブ型社員とフリーランサーとの区分が徐々に定義しずらくなり、そのうち一体化することも十分に予測できます。
コミュニティ型を軸にしたキャリアコースの導入・運用にあたっての注意点
このような「コミュニティ型」を軸としたキャリアコースを導入、運用するにあたって、もっとも注意をしなければいけないのが、決して「コミュニティ型社員が偉い」といった空気を会社に充満させてはいけないという点です。
これまでの日本の人事制度では、「総合職」と「一般職」などの区分がなされることが多くありました。どうしても、そのような人事制度においては、「総合職が偉い」となりがちでした。
確かにコミュニティ型社員が組織の軸にはなりますが、多様性を受け入れ、皆が自律的に働いていく自律分散型組織は、それぞれが違いを認め合い、お互いの能力が十分に発揮されることで成立します。
また、長い職業人生の中では、子育てや介護などの事情により、一時的にジョブ型や時間などを限定した契約社員、フリーランサーとして働く時期があるかもしれません。状況により、社外のフリーランサーとなることも含めたコースの移動の自由があることは必須です。
コミュニティ型社員は、会社のことを「コミュニティ」ととらえています。一方でジョブ型社員は会社を「チーム」ととらえることが多いでしょう。
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コミュニティ・・・そのもの自体に存在価値があり、そこで生活が行われる村のような存在。変容を繰り返しながら、何代にもわたって継続されていく。
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チーム・・・一定の目的をもって集まった集団。同じ思いを持って、それぞれのメンバーが自分の役割でチームに貢献する。目標を達成した場合は、解散する。
コミュニティ型社員も、ジョブ型社員も、実際に会社で仕事を遂行するうえでは短期的成果を出すために「チーム」になる必要があります。ただコミュニティ型社員は、チームに参加する以前にコミュニティの一員であり、そのことが組織の方向性への意思決定権をもつことになるのです。
もちろん、現状の会社では、法的に組織の方向性を決定できるのは、代表取締役であり、株主です。しかし、本来、コミュニティである自律分散型組織においては、その意思決定にはそこで働いている社員も加わるべきです。
「ワーカーズコープ」などが注目されつつありますが、自律分散型組織においては、徐々にでも組織の意思決定にコミュニティ型組織のメンバーを参画させていくべきです。
社員の「あり方」も重視する等級基準
等級基準における「あり方」の重要性
人事制度の根幹になるのは、先ほどご説明した「キャリアコース」です。それを運用レベルに具体的に定義するのが、「等級基準」です。
キャリアコースと同様に、多様な働き方が認められるようになり、一人ひとりの個性や特性を全体として受け入れるような組織になれば、もはや「等級基準」などはいらない時代がくるかもしれません。しかし、自律分散型組織への過渡期における会社にとっては、一定の定義をわかりやすく言葉で示すことは必要でしょう。
等級基準は、その名の通り、社員の現状の基本的位置づけを定義づけするものです。人事制度においては、等級が高いほうが報酬も高く、また様々な職権が与えられます。一人ひとりが自律的に動くことができる自律分散型組織においても、一定の目安としてこの制度は構築しておくべきです。
自律分散型組織で成果を出すためには、知識・能力・経験だけでなく、「人としてのあり方や視座」も重要になります。これらの要素は等級基準にも当然盛りこまなければなりません。
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成果・結果・・・・花がさいて最後にえることができる「果実」
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知識・能力・経験・・・・土壌から水を吸い、太陽の光を十分に吸収しながら成長していく「幹や枝」
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人としてのあり方や視座・・・幹をささえ、土壌にしっかりと広がった「根」
しっかりと土壌に根を広く張れば張るほど、より大きく高い木になることができ、そこに咲く花も大きく美しいものになります。土壌は組織そのものということができます。十分に根を張ることができる土壌がなければ、大きな木になることはできません。
土壌である会社それぞれに、独自の組織文化や風土があります。ある人にとっては居心地がよく、十分に根を張ることができても、ある人はあまり栄養を吸収できないことがあります。一人ひとりが自分に合った土壌に根を張っていくことも重要なのです。
根とは一人ひとりの「あり方」のこと。それは、人や地域、自然との関係性から生まれてくるものです。弱い根では、例え見た目の幹や葉が大きく育っても少しの風で倒れてしまいます。いかに強い根をたくさん伸ばしていくか?それがその人のあり方であり、これからの仕事観や人生観を支えていくのです。
このあり方は、組織という場によって育まれていきます。会社はそのような成長の場になっていかなくてはならないですし、人事制度は、見えないつながりやエネルギーのようなものを、皆が見えるようにするための大切な装置なのです。
等級基準の今後
現状、上記図の一番右側に示されているような、「役割・期待される成果」を軸に、等級基準が作られている会社が多いのではないでしょうか。図の「果実」を基準としているということです。つまり、求められる成果やまっとうすべき役割を、唯一の等級を定める基準としているのです。
同一賃金同一労働がスタートし、この傾向はさらに強くなるようにも思われます。一口に「役割」といっても、これからより複雑になっていく社会のなかで、組織運営をしていく上では、この「役割」を事前に明確に示すこと自体が難しくなってきています。
初級等級(上記の例でいえば、E-1からE-3くらいまで)であれば、具体的な職務を限定し、期待される成果、役割を示すことはできるでしょう。しかし、上位等級になってくると、その業務は複雑であり、成果が出るのも中長期の者が多くなってきます。この定義は、やや抽象的に設定することはやむを得ないでしょう。
次に、日本型経営といわれた年功序列型賃金では、「知識・能力・経験」を重視してきたといえます。組織への帰属意識を高め、様々な経験とジョブローテーションなどから得た知識をしっかりと発揮できる人物が成果を残し、組織内も動かすことができて、等級を上げることができました。
しかし、グローバル化が進み、過去の成功体験があまり意味を持たないほどに時代の変化が激しい現在では、「知識・能力・経験」のみを重視していては正しい評価はできません。今は成果が出ていても、1年後には成果が出なくなってしまう可能性が高いからです。
すでに多くの企業が日本型の終身雇用、年功序列型人事を放棄していることからもわかるとおり、あまりに「知識・能力・経験」に重きを置きすぎる等級基準もこれからの時代に合っているとは言えないのです。
このように、「役割・成果」「知識・能力・経験」という視点を残しつつも、自律分散型組織においては「あり方」という視点をより重視していかなければなりません。
この複雑な社会において、組織にとって重要な役割を担い、高い成果を出すためには、本質的で柔軟な能力と知識が必要です。それを見極めるためには、その人物がどのような意識や視座で仕事をしているか、もっといえば、どのような生き方をしているかいうところまで見極める必要があるのです。
企業の等級基準にこのような抽象的なものさしを組み込むことに抵抗がある方もいるかもしれません。しかし、企業は硬直的で機械的な組織マネジメントから、まるで生命体のような多様で柔軟に対応できる組織に変化していかなければなりません。
そのためには社員一人ひとりの視座を高め、しっかりと自立した考えを持つ社員を増やしたうえで、より一人ひとりの個性が活かされる場を作っていくことが必要なのです。社員が安心して幸せを感じながら働ける場になるためには、その個性が周囲に理解され、活かされている状態にならなければなりません。一人ひとりが「自分」のことしか考えていない状態の職場ではそのような状態には絶対にならないのです。
視座で言えば「自分」⇒「自分と相手」⇒「周囲全体」⇒「広く社会」という段階を経て、より多くの社員が、より広い視座をもつようになって、はじめて多様で柔軟で安心な職場となるのです。そして、そのような職場がこれからの時代に地域や社会から求められ続けることになるでしょう。
人事評価と連動しない賃金制度
今後の昇給における着眼点
人事評価を反映先としては、配置転換や育成教育などもありますが、昇格、昇給、賞与という3つが最も大きなものです。
このうち、一般的には賞与はその期(6か月や1年)の利益を個人の貢献に応じて分配するものです。昇格は、本人の根幹的な意識(あり方)、能力や経験値が高まり、よりレベルの高い役割を担えるようになった際に行われます。そして、昇給は年功や勤続年数に応じる要素もありますが、多くの会社では本人の能力アップに対して行われています。
よって、もっとも一般的な昇給方法は、1年に1度、その年度の年間総合評価に応じて賃金テーブルをアップさせる方法です。より良い評価を得た者が多く昇給し、そうでないものは抑えられるという仕組みをとっています。
しかし、自律分散型組織においては、多様な役割が混在しており、1年程度の期間において昇給額に差をつける評価の合理的説明は簡単ではありません。手間も時間もかかり、社員からの納得も得られにくいであろう「昇給にかかわる評価」は、自律分散型組織ではあまりなじまないでしょう。
そのような考え方に立った場合、もっともシンプルな賃金制度は、一つの等級にひとつの給与額を設定する、いわいるシングルレートの賃金です。例えば、
- 1等級・・・20万円
- 2等級・・・25万円
- 3等級・・・30万円
といった形です。
同じレベルの同じ仕事をしており、期待される成果も同じであれば、皆同じ給与を支払うという、いわいるジョブ型雇用の考え方にそった仕組みです。成果に違いが生じた場合は賞与や歩合給で反映させることはできますが、基本的には昇格しない限り同じ給与が続くことになります。
ただ、これでは若い時代でも給与があがらない時期が続くことになり、社員の離職や生活の不安を招いてしまう懸念があります。現実的にはこのような制度をとっている会社は日本にはまだ少なく、定期昇給というインセンティブはあったほうがいいように思われます。
そこで、入社後一定の期間には、評価などには関係なく昇給する「年齢給」や「勤続給」を取り入れることを検討すべきでしょう。
昇給における「年齢給」「勤続給」という考え方
年功賃金である「年齢給」は、古い日本型賃金の象徴のようにネガティブにとらえられがちですが、これから今以上に転職が一般化することが予想される中、一定年齢までは年齢に応じて給与を決定する「年齢給」は、意外にシンプルで合理的だと言えます。
一方で、その企業での経験のみを反映し、他社での経験をはかることがない「勤続給」は、(中途入社にみなし勤続給をつけるなどの工夫もできますが)やや運用が難しくなってくるでしょう。
自律分散型組織では、
基本給=年齢給+役割給
という形をとり、評価による役割給の昇給は行わないという手法がベターではないかと思います。
基本給の昇給は年齢給のみで、役割給はシングルレートという考え方は合理的です。一方で「等級があがったら、新しい経験やチャレンジがあり、それに応じた成長がある」という考え方もできます。そのため、昇格後一定期間のみ、役割給も昇給するという制度を運用している会社もあります。
図にみるように、昇給後3年間は昇給があり、その後3年間は50%昇給で、その後はストップといった設定をします。これは、「昇格したら、その等級における新しい経験や身に着ける能力に応じて、同じ役割であっても対応できるレベルがあるので6年程度は昇給する。その期間にさらに上の役割を目指す方は目指してほしい」というメッセージになります。
優秀で常に会社が設定した滞留期間内で上位等級に昇格する方はずっと昇給し続けることになり、離職防止にも一定の効果があるでしょう。
社員どうしで決定する評価と賞与
評価を社員どうしで決定する手順
「自律分散型」の組織では、評価はどのように行われるべきなのでしょうか。
自律分散組織では、一人ひとりの社員が自律して仕事をしており、誰一人同じことをしている人も、同じ能力の人もおらず、それぞれの立場と特色を活かして組織に貢献をしています。このような組織では、「ティール組織」でも紹介されているように、自分の報酬を皆の話し合いによって自分たちで決定するという仕組みが徐々にみられるようになってきています。
ただ、現時点ではそのようなことができる組織はかなり少ないでしょうし、基本給などの生活の基盤となる部分にまでこのような方法をとりいれてしまうと混乱が生じてしまうでしょう。ただ、基本給などの決定は難しいとしても「今期の利益の分配である賞与」に関しては、全社員が参加して賞与の分配を行うことは可能ですし、実践している会社も増えています。
上司に一方的に決められる評価よりも、「関わったすべてのメンバーが集まって話し合い、自分の評価や賞与を決定する」ことの方が、納得感が高いのは言うまでもありません。
ただ、そのような全員での評価をする大前提として、できる限り情報がオープンになっており、誰がどのようなことをしているのかが見える職場になっていないといけません。
幸い、テクノロジーの発達により、気軽にウエブ会議などができるようになりましたし、欠席したウエブ会議を後日録画で見るということも容易にできます。また、スケジュール管理やプロジェクト管理ツールも安価で導入できるようになりました。特に中小企業においては、一人ひとりが多様な仕事やプロジェクトに携わっており、チームメンバーの仕事を正確に把握することの重要性は増してきています。
評価のためというだけでなく、組織運営と社員の関係性の質を高めるためにも情報のオープン化とリアルタイム共有は必須でしょう。
一つの具体的手法をご紹介しましょう。以下の図のような流れで、6か月(もしくは3か月)に1回、チーム内において、今期の振り返りをかねて貢献度を話し合い、評価を決定する会議を実施します。
@自己申告シートの記入
まず、全社員が今季の自分の仕事について自己申告シートを記入し、チームミーティングメンバーに事前に共有しておきます。
なお、チームミーティングについては、原則的に希望すれば誰でも参加できるようにしておくべきです。A部門のミーティングであっても、それに深く関わっているB部門のメンバーが参加したいなら、参加すべきです。チームリーダーはそのようなメンバーには声を変えて参加してもらうように促すべきでしょう。
またこのミーティングは部門別に限らず、プロジェクト別など、必要に応じて柔軟に実施されるべきです。
Aチームミーティング
チームミーティングは、リアルに集まってても良いのですが、より参加しやすくするため、また、内容を録画して社内に後で公表するためにZoomなどのウエブ会議システムを利用して行うのがいいでしょう。
会議は、まずリーダーが今期のチームとしての結果を発表することから始めます。これは具体的な数字など、できるだけ客観的事実を述べるようにし、リーダー自身の主観的な評価(例えば、●●さんが特にがんばってくれたなど)はこの時点では話さないようにします。
次にメンバー全員(リーダーも含めて)が準備していた1〜4の内容を発表します。
- 今期の担当業務
- チーム・組織全体への具体的貢献・成果
- 他者から受けた支援
- その他、チームのメンバーに伝えておきたいこと
特に時間を割いて話してもらいたい内容は2です。話全体の9割以上をこれに割いても良いでしょう。周囲のメンバーは、できるだけ口を挟まずに発表者の話を聞くようにします。
一人のメンバーが話し終えると、残りのメンバーは発表者に対してフィードバックを行います。これを参加者すべてで行います。時間の目安は一人10分程度です。
全員が終わると、あらためて全体で対話を行い、特に今期貢献が大きかった人、成長がみられた人などについて話し合うようにします。この段階であえて順位などを付ける必要はありません。
なお、貢献については本人の等級や役割を把握したうえで話を進めるようにします。当然のことですが、4等級の人と1等級の人とでは、求められる役割は違ってくるからです。
Bチームミーティングの動画公開
チームミーティングが終わると、その内容は基本的に編集することなく社内で共有します。次の貢献ポイント決定会議に参加するメンバーは、原則的にこの動画をすべて見るようにします。これがかなり負担にはなりますが、1年や6か月に1度のことなので、全メンバーが何をしているか、ある程度把握したうえで、評価が最終的に決定される会議に参加すべきです。
C評価会議
コミュニティ型社員が全員参加して「評価会議」を開催します。これは、できればリアルに集まっての会議がいいでしょう。
なお、この会議には希望者であれば誰でも参加できるようなオープンなものにすべきです。ただし、最終決定権があるのはコミュニティ型の社員とし、ジョブ型やエントリー社員はオブザーバーとしての参加とします。
この「誰が評価を決定するのか」という点は議論のあるところだと思います。これまでの常識で言えば等級の高いものや役職者とするのが常識でしょう。ただ、コミュニティ型社員は「会社の意思決定をする」立場にあります。評価においても最終的な意思決定をすべきであると言えます。
最終的な評価をどのような基準で定めるかは会社の考え方によります。基本的には以下のように減点をすることなく、加点評価とすべきです。やはり全員でオープンな話あいのなかで一部の人に低い評価を下すことが現実的には難しいということもあります。多様な職種の中での減点評価基準の設定も困難でしょう。あまりにも貢献度が低い方については、組織として経営陣との個別面談や等級の変更(降格)などで対応していくべきです。
これらの評価は、今期の賞与の分配に反映をさせます。また、この半期ごとの評価は通年単位での昇格・降格の大きな判断材料となります。
本来は、「昇格・降格」もこの評価会議においてコミュニティ型社員で決定すべきでしょう。ただ、公開の場でそこまで行うのが難しいという段階では、この評価会議での議論をもとに昇格推薦者等を抽出し、その後役員会で決定するというプロセスも良いと思います。
具体的な賞与の決定方法
賞与の支給については法的な定めはなく、その支給の有無や支給基準などはすべて会社が決定することができます。
ただ、これまでの慣例で夏と冬の賞与は賃金の後払い、別払い的な意味や功労金的意味合いなどを含めて、ある程度安定的に支給している会社が今でもやはり多いです。この支給慣例をいきなりやめてしまうのは労働条件の不利益変更になりますし、このような賞与の支給方法はある程度雇用の安定的維持のためには効果があります。
ただ、半年程度の短期間での個別評価が難しくなりつつあり、逆に半年程度の評価で賞与が下がることがあるとなると、社員が思い切ったチャレンジができなくなるといった弊害もあるでしょう。既存のやり方とは違った柔軟なチャレンジがより求められるであろう時代に、このような意識がはたらくことは避けなければなりません。
夏と冬の賞与については、会社もしくは部門などの業績にのみ連動するようにし、個人の評価が反映されないという制度がなじむ会社がふえてきていると思われます。つまり、夏1.5カ月、冬2カ月、といった基本的な賞与支給額をベースに年間人件費予算をとっておき、業績によって一律でその月数のみ変動があるという制度です。
賞与基礎額は「基本給+役職手当」などとし、会社での本人の等級や役職、役割に連動するようにします。等級や役職は、その社員の基本的な会社への貢献度によって決定されているわけなので、中長期的な評価が賞与に反映されていると言えます。
一方で、決算賞与については、今期の利益の分配という意味合いが強くありますから、今期の会社への貢献が反映されて分配されるべきです。ここで、決算賞与も基本給などといった賞与基礎額をベースにすべきか、どうかという点が問題になります。
基本給などを基礎額としてしまうと、どうしても等級が高く、もともと給与の高い社員に多く分配されることになります。先ほど見たように、月額給与と夏冬賞与で、普段からの役割に応じた給与はすでに支払っています。中途入社なども増えてきており、また新卒社員でもいきなり活躍できるケースも珍しくなくなってきました。年俸制のように毎年給与がその年の貢献度合いに応じて大きく変動する制度を入れることに抵抗がある会社はまだ多いでしょう。
しかし、決算賞与については等級などのベースは考慮せず、フラットにその期に活躍、貢献した社員に多く分配すべき雇用環境になってきているのではないでしょうか。若い社員の貢献に光を当て、モチベーションアップにつなげることもできます。
決算賞与を支給する場合、賞与原資の分配をわかりやすくシンプルに行うには、次のようなポイント式とするとよいでしょう。
@評価は加点評価のみとする
先ほどご紹介したように、今期の評価についてはできるだけオープンな場で貢献度を様々な角度から検討し、加点評価のみ行うべきです。先ほども述べたように、多様な働き方の行われている組織の中で、短期的に正確な評価をすることは難しく、さらにマイナス評価をすることによりチャレンジ精神が失われてしまいます。
A付与するポイントを決定する
まず、ベースとなるポイントをどのように付与するか決定します。例えば等級に応じて一定のポイントを付与することは合理的でしょう。また役職やその年度のプロジェクト参加などによってポイント付与することも考えられます。
B評価に応じてかける評価係数を決定する
Aでベースとなるポイントが決定したら、評価に応じて×係数を決定します。この係数の幅が広ければ広いほど、評価に応じて分配される賞与額により差がつくことになります。この係数をどのように決定するかは、社風や会社の考え方によりさまざまでしょう。また、個人評価だけでなく、「部門共通の部門評価係数」をかけるというやり方もあります。
C原資を決めて「ポイント単価」が決定する
ベースのポイントに評価係数をかけると個人の獲得ポイントが決定します。その獲得にポイント単価をかけたものが決算賞与額となります。ポイント単価は、「今期の決算賞与原資÷全社員の総獲得ポイント」で算出します。つまり、ポイント単価をかけることで、今期の賞与原資額が割り振られるようになるのです。
給与の公開は難しくても、決算賞与の公開なら社内でできるという会社は一定数あるのではないでしょうか。自律分散型組織では情報の公開はできるだけすることが基本です。もちろん人事に関することを公開することは簡単ではないですが、上記のようなしくみをつくり、評価も皆が参加して決定するのであれば、公開することも検討すべきでしょう。
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